
2020年、日本財団は THE TOKYO TOILET プロジェクトを立ち上げました。渋谷区内の16か所の公共トイレを、安藤忠雄、坂茂、隈研吾をはじめとする第一線の建築家がそれぞれ設計するというものです。課題は単純で、そして野心的でした。人が実際に使いたくなるものをつくること。
その成果は並外れています。そして、私たちがよく考える問いを投げかけてきます。ふだん目に入らないインフラを、解く価値のあるデザインの問題として扱ったとき、何が起こるのか。
すべての人のためのデザイン
公共トイレは、街のなかでもっとも民主的な空間です。子ども、高齢者、車椅子の利用者、そして案内表示を読めない旅行者にとっても、機能しなければなりません。THE TOKYO TOILET は、かたちのために機能を犠牲にしませんでした。その両方を求めたのです。
坂茂の設計の透明な壁は、安全への不安に応えながら、後ろめたさを溶かします。安藤忠雄の円形のパビリオンは、清らかな幾何学で静けさをつくります。それぞれの解決は、その街区に固有のものです。
同じ理屈は、デザインが人に触れるあらゆる場所に当てはまります。アクセシビリティはチェック項目ではありません。土台です。誰かが心地よく使えないなら、美しさに意味はありません。
思いがけない場所にある手仕事
『PERFECT DAYS』が平山の清掃の日々を世界の映画館に届けるより前から、THE TOKYO TOILET はすでに同じことを主張していました。こうした空間は、敬意に値する、と。
ふだんは隠れているものに街が心を配るとき、それはもっと大きな何かを示します。細部は重要である。日常はデザインの下にあるのではなく、デザインが自らを証明する場所なのだ、と。
小さなブランドへの示唆
安藤忠雄に設計を依頼することはないかもしれません。それでも、同じ問いを立てることはできます。
- 誰も気づかない部分まで、考え抜かれていると感じられるか。
- ここで時間を過ごしたいと、実際に思ってもらえるか。
- 明快で、清潔で、それが何であるかについて正直か。
店のカウンター、待合室、レジに並ぶ列。これらもまたインフラです。美しく機能するべきものです。
THE TOKYO TOILET が流行より長く生き残るのは、本物の手仕事で本物の問題を解いたからです。規模は違っても、それが私たちが自らに課している基準です。
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